あらた整骨院ストーリー 

あらた整骨院の院長がこの仕事を始めた理由

「40歳で会社を辞めて、整体の道に進むことを決意した無謀な男!」

tatsu私は、鹿児島県の南さつま市加世田津貫という所に生まれました。

私が4歳の時に父親が他界し、片親で育ちました。
父親がいないといじめられるとでも思ったのか、母親は私を強い男にしようとして、小学校卒業と同時に柔道場に通わせました。

もともと、勉強よりも体を動かすことが好きで強くなることにあこがれていたので嫌ではありませんでした。空手バカ一代のマンガやブルースリーの映画を観てからは柔道だけではなく、カラテも習い始め、その頃から、ケガが絶えず整骨院や整形病院などによく通っていました。

こうして私自身が、人から治療を受けているうちに、なんとなく自分も医療系の仕事に就きたいと夢を抱くようになっていましたが、進学するには地理的、経済的問題があり夢を諦めていました。
まぁ、もっとも一番のネックは、学力の無さでしたけどね。
ホント阿保でした!(笑)

その後、社会人となり結婚し子供も二人出来て普通に生活し、職場では同僚たちが肩や腰を痛めたらよくマッサージやテーピングを施してあげたりしていました。
私自身も・・頑固な腰痛に悩んだこともあります。
家でもよく妻や子供を実験台にして施術の練習をしていましたが、まだプロになろうとは、夢にも思ってもいませんでした。

私は若い頃、仕事は何をしても長続きせず、勤めては辞め、勤めては辞めの繰り返しでした。

そして、私が34~38歳の時でした。私の人生を変えるような出来事が、
この4年間に立て続けに2件も起こったのです。大好きな実の姉と義兄の突然の死でした。

姉は不慮の事故、義兄は脳出血で、あっという間に逝ってしまったのです。 
姉は、享年36歳、義兄は40歳、早すぎる死でした。

冷たくなった姉や兄の体を触りながら、まだやりたいことも沢山あったろうに!
さぞかし無念だったろうと思いました。

それまで、もやもやした気持ちでしたが、会社の異動をきっかけに私は40歳を目前にして決心しました。

たった一度きりの人生、やりたいことをやろうと!

そして、夢を追いかけて40歳を機に今まで築いた地位を捨て、再び「スタートライン」へ逆戻りしました。

医療系の専門学校へ全部で三校。夜間にトラックの配送などのアルバイトをしながら合計6年間も学校に通い猛勉強して全て首席で卒業しました。
なんと48歳と7ヶ月でした~!!(笑)

国家試験も見事一発で合格して晴れて整体師となりました。かなり実力も付いたと自負しております。
妻にも大変苦労をかけたので、これからも妻のためにも頑張りたいと思います。

今の整骨院は、2005年の6月に開業しましたが、実は施術院経営はここで3件目です。
1件目は唐湊で、2件目は上荒田で営業していました。

por (2)今でも、その頃からの患者さんに私は育ててもらっているような気がします。

あらた整骨院は、実力ナンバーワンを目指します。

来院してくださる皆様をファミリーと思って接し、質の向上と共に気楽に来院できる整骨院を目指します。

どうぞ末永くよろしくお願いします。

 

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鹿児島市荒田1-40-11 トーカンマンション1F
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